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 正行が目を覚ますと、見知らぬ真っ白な天井が目に入った。
 体中が重くて動けない。
 横から物音がするのでそちらに首を動かすと、白衣の看護婦さんがいた。
 正行の視線に気付いた看護婦さんが驚きに声を上げた。
「正行君、目が覚めたのね。良かった。先生に診て貰いましょうね。」
 看護婦さんはすぐに医師を呼び、正行は診察を受けた。
「正行君、どこか痛い所はないかい?」
 正行は首を振る。
「うん、大丈夫だ。だがもう暫く安静にしておくんだよ。」
 そう言うと、医師は悲しげな目を向けて小さく微笑んで病室を出て行った。
「何かあったらこのボタンを押してね。」
 そう言って、母が入院していた時から顔見知りの看護婦さんも出て行った。
 一人取り残された正行は、自分が何故ここに居るのかを考え、思い出した。
 正行は重くだるい体を無理矢理起こし、そっと病室から抜け出した。
 ナースステーションの傍まで来た時、看護婦達の話声が聞こえてきた。
「ねぇねぇ、正行君、大丈夫なの?お父さんに無理心中の道連れにされて、でも一人生き残って、ショックなんじゃないの?」
「ショックだと思うんだけど、泣き喚いたりしないのよね。」
「あの子これからどうなるの?先日お母さんが亡くなったばかりなのに、お父さんと妹さんも亡くなって一人ぼっちになって。親戚もいないみたいなんでしょ?」
「施設に行く事になるんじゃないかしら。可哀想よね。」
 正行は踵を返し、誰もいない所を探して歩いた。
 屋上へと続く階段の後ろに隠れ、膝を抱えて蹲った。
 みんな死んでしまった。
 誰もいなくなったのに、どうして僕は生きてるんだろう?
 僕なんかいなくても誰も困らないし、逆にいない方が面倒が無くていいのではないだろうか?
 正行は体の重さに引き摺られる様に、どんどん暗い闇へと落ちていく。
 外は明るい日差しが降り注ぎ、小鳥たちのさえずりが聞こえているのに、正行の所までは届かない。
 闇に囚われ動けない。
 どれくらいの時間が経ったのだろう。
 正行が病室を出て随分と時間が過ぎたが、誰も探しに来る気配はない。
 やはり正行はいらない子なのだ。
 だから父親に殺されかけたし、生き残っても誰にも相手にされない。
 心に氷の塊が詰め込まれた様に苦しくなって正行はブルっと震えた。
 このままここで、誰にも見つけられずに死んでしまうかもしれない。
 正行は抱えた膝に力を込め、これ以上は無いと言うほど小さく丸まった。
 このまま小さくなり続け消えてしまえばいいのに…
「きみ、こんなところでなにしてるの?」
 不意に頭上から美しい声が掛けられた。
 正行は振り仰ぎ声の主を見た。
 そこにはまばゆいばかりの光を背負った美しい天使が、目を丸くして正行を覗き込んでいた。
「…てん…し……?」
「てんしじゃないよ。ひ・ろ・だよ。」
「ヒーロー?」
 美しい天使は眩しい笑みを零しながら、天使ではなくヒーローだと言う。
「どうしてないてるの?どこかいたいの?」
 心配そうに顔を曇らせたヒーローは、正行の傍まで来て、正行の頭を優しく撫でてくれた。
 その時初めて、正行は自分が泣いていた事に気がついた。
「いたいのいたいのとんでいけー!もうだいじょうぶだよ!」
 ヒーローが天使の笑みで正行を包み込んだ。
「なまえ、なんていうの?」
「まさっ…ゆ…き……」
 正行は眩しいヒーローに目が眩んだまま、小さな声で名前を告げた。
「ゆうき!いっしょにあそぼっ!」
 ヒーローが正行に手を差し出した。
 正行が請われるがままその手を取ると、ヒーローは笑顔で正行を引っ張っていく。
 そして何度も優しく『ゆうき』と間違って呼ぶ。
 だが、その声が何度も『ゆうき』と呼ぶのを聞いていると、正行に『勇気』を与えてくれている様な錯覚に囚われ本当に勇気が湧いてきた。
 先程までの消えて無くなってしまいたいと言う気持ちは消え去り、一人でも生きて行こうと思えてきた。
 掌から伝わるヒーローの温もりと、『ゆうき』と呼ぶ天使の微笑み。
 これさえあれば生きていける。
 正行は心に焼き付ける様に楽しく笑うヒーローを見詰め続け、その優しい声に耳を澄ますのだった。
「ゆうき。ゆう…き……ゆぅ………



………



……ぅき、…ゆき…」
 正行は息を殺し目を瞠る。
 ここはどこだ?
 不意に顔を覗きこまれ声が掛けられる。
「ゆき、大丈夫?うなされてたよ。」
 その声の主の顔を確認する。
「彼…路……?」
「会ちょ…っじゃなくて、ゆき、どうしたの?怖い夢でも見た?」
「どうして『ゆき』?」
 正行はドキドキと震える鼓動を隠しながら起き上がり、彼路の質問には答えずに自分の疑問を投げ掛けた。
「えっ?だって、名前で呼べって言ったから…」
「『正行』じゃなく、何故『ゆき』?」
 彼路は頬を真っ赤に染めて口を尖らせた。
「だって、恥ずかしいんだもん。『ゆき』でもいいでしょ。」
 正行は深く息を吐いて耳を澄ます。
「彼路、もう一度呼んで。」
「え?『ゆき』?」
「もう一度、ゆっくりと。」
 彼路は困惑しながらも笑顔で名前を呼んでくれた。
「ゆぅき」
 その瞬間、彼路の笑顔と幼い頃たった一度遊んだだけのヒーローの天使の笑顔が重なった。


















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